たのしい教師生活

高校教員6年目、地歴公民科担当。「たのしい」教師生活にするべく日々奮闘中。

11連休

ゴールデンウィークは、世間様より1日多い11連休だった(授業参観を日曜日に行ったので、その振替)。部活を全てオフにするという決断を下し、一生に一度しかないであろう11連休を満喫した。

 

・前半は、センター試験の倫理の過去問を解くこと、丸山眞男『現代政治の思想と行動』、京極純一『日本の政治』を読むことに費やした。

 

・3年生の講習が6月から始まるが、今年度は倫理と政治・経済の両方を担当する。政治・経済は去年やってなんとなく掴んだので、今年は倫理の出題傾向を自分の肌で感じておこうという試み。感じたことは

 1)リード文や史資料の「読解」問題の正答率が低い生徒は、倫理を受験しないほうが良い。

 2)見知らぬ人物が選択肢に入ってきた場合は、消去法(「こんな奴の名前は知らんけど、カントがこんなこと言うわけないんだよなぁ」みたいな)。

 3)見知った人物の選択肢で見たことがない用語が出てきた場合、リード文にヒントがある。

 の3つ。特に、1)であげた「読解」問題は、倫理で7割以上を目指すなら絶対に落とせないだろう。

 

丸山眞男は「現代社会」の教科書にも太字で出てくるが、学部生の頃に読んで以来だったので読み直す。丸山が明らかにした、日本という国をファシズムを導いた心性や構造は、今の日本、というか学校現場にもまだまだ巣食っている。

 

京極純一は、自分の家の本棚にあったのを拾って持って行ったのだが、なかなか興味深い内容だった。カオスとコスモス、なんていう宗教学で出てくる用語で政治を分析するあたり、政治を分析することは人間を分析することなのだ、という視点を与えてくれた。「政治・経済」はどうしても制度の説明に堕してしまいがちだが、この視点は忘れたくない。

 

後半の話は、また今度。

 

 

何もない休日

・金曜日は歓迎会。やはり疲れていたからか、酔っ払っていささかはしゃぎすぎた。次の日の部活を休みにしておいて、正解だった。

 

・土曜日は起きて寝て、を繰り返し行動開始は夜の6時から。この1日で少しはリフレッシュできた。むしろ、夜6時までグダグダしてしまうほどくたびれていたということか。

 

・代わりに今日部活をやる。新入生歓迎を兼ねて、曲の音取り。今年は何人入ってくれるだろうか。

 

・家に帰ってからは掃除洗濯。夜はギョウジャニンニクを近所のスーパーで買ってきて卵とじにして食べる。明日は臭うだろうな…

1学期開始

今年度は、月曜日スタート。

始業式、入学式、学級開き、年度当初の学力テスト、そして授業。

クラス替えもあったので何とも目まぐるしい毎日だ。

 

職員室では「今週長いな…」との声が溢れている。教員がそう思うということは、子どもたちもそう思っているだろう。

学級通信でも「休養の取り方」を書く。レジリエンス能力を高めることが重要だと思うから。

春休み後半

春休み前半は、母校の定期演奏会、中学校の恩師の退職記念コンサート、そして東京でのNコン課題曲講習会と合唱三昧だった。

 

後半(と言っても1週間だが)は、新年度の準備に忙殺されることになる。

授業は、今年度は倫理2単位1クラス、政治・経済3単位2クラス、現代社会2単位3クラスの合計14コマ。これにホームルームと総合的な探求の時間*1を合わせて16コマ。

昨年度は日本史A、日本史B、政治・経済の3科目だった。日本史は専門外だし日本史Aは初めて持つし、異動して1年目で探り探りだったしで、やや大変だったが、今年度は専門の公民だし生徒の雰囲気も大体わかるしで、おそらく楽しくできるだろう。

*1:今年度から、総合的な学習の時間から名称が変更になった

春休みが一番楽し

修了式・離任式が終わり、春休みに入った。

 

春休みは、気分が前向きになる。「去年はできなかったけど、今年ならできる気がする」という(根拠のない)自信が湧いてくる。

このポジティブさは、1ヶ月後には雲散霧消しているだろう。「これがあと1年続くのか…」とため息をついているはずだ。

この時期に「躁状態」にならないよう、地に足をつけてやるのが大事なのだ。

支持率

「教師は内閣総理大臣のようなものだ。内閣の支持率が100%はあり得ない。」

中村健一『策略ーブラック授業づくり つまらない普通の授業にはブラックペッパーをかけて』明治図書, 2017, p.110

いよいよ年度末、クラス替えがどうなるかというのが子どもたちの最大の関心ごとになってきている。クラスメートもさることながら、担任が誰になるか、も気になるらしい。

 

生徒によっては、「来年も先生のクラスがいいです」と熱烈に言ってくる者もいて、それはそれでこの1年間でそう思ってくれたのね、と正直悪い気はしない。

でも、状況証拠から判断するに「この生徒は私のことを嫌いなんだな」という生徒もいる。そんな生徒の様子を見ると、「自分じゃなくて別な人が担任だった方がもっと育ったのかもしれない」*1と思ってしまう。

 

ただ、一番最初に引用した中村健一の言葉にもある通りで、生徒全員が自分のことを大好きで…という集団はあり得ない。あったとして、その集団は次が大変だ。その環境と次の環境のギャップが激しくなり過ぎてしまう。

 

そういう観点からすれば、今年度の自分のクラスは割と健全なのではないか、と思う。

 

 

*1:子どもは放っておいても「発達」(成長といってもよい)するので、別に自分が教員として育てたというわけではない。

板書案型指導案

来年度の授業改善に向けていろいろ検索している内に、「板書案型指導案」というのを見つけた。

http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cmsdata/c/0/9/c09b1410329a2668b208fd359302bdd7.pdf

 

この「板書案型指導案」なら、日常でもできる気がする。

というのも、私はこれまで授業ノートに「コーネルメソッドノート」を使ってきた。「板書案型指導案」のスタイルとコーネルメソッドノートは、レイアウトがピッタリ一致しているのだ。

www.gakkensf.co.jp

 

来年度、提案性のある取り組みができるかもしれない。