たのしい教師生活

高校教員4年目、地歴公民科担当。「たのしい」教師生活にするべく日々奮闘中。

1.今日も今日とて休日出勤。テストを一つ印刷し、少し気楽になる。明日日付が変わるぐらいまでがんばれば、テストはなんとかなるだろう。

 

2.なぜそこまで急いでやるかといえば、やはり調査書だとか面接練習だとかが入ってくるからだ。そこに時間を使うためには、前倒しでやるに限る。さらに言えば、テスト問題を先に作って、それに向かって授業を組み立てるのが理想だろう。

 

3.昼食はよく行く蕎麦屋で鴨せいろ。散財しているが、美味しいものを食べるのが一番楽しい。

 

4.夜はバーベキュー。少し飲みすぎた。

息抜き

1.来週は前期期末考査

3年の政治・経済は、国際経済に入ってから進みが一気に遅くなってしまい、2時間すべてを板書に費やし、最後の1時間でその部分の解説という形式に。

板書し終わった後、生徒に「この中でわからないことありますか?」と尋ね、そこで出てきた質問に回答する、という形式にしただけで、授業に動きが出てきた。

 

2.自習室を休日開放。

「MERCOSURってスペイン語なんですね」

メディアリテラシーについて資料読んでたんですけど、『相互干渉』ってどういう意味ですか?」

いろんな質問が出てくるたびに、自分にとっての勉強になる。

最近は数学、英語、化学などなど「何でも屋」になっているが、改めて復習してみると「そういうことだったのか」とすっきり整理されるのが楽しい。

ちょうどいい息抜き、というところか。

 

3.1週間の疲労が溜まっているからか、19時から22時まで寝てしまう。起きてしまったが、さて今日は何時まで起きていられるか。

 

 

Jアラート

1.Jアラートで目覚める朝。何人かの生徒から、電話が来る。「学校あるの?」

「この時間に着弾していないならすでに通過しているだろうから、JRもすぐに運転再開する。あると思うよ」と返す。その通りになった。

 

2.授業でJアラートのサイレンを聞かせていたので、生徒から「ほんとにあの音が鳴るんだね」と言われる。ちょうど先週「火垂るの墓」を授業で視聴していたので、そこと絡めて話をする。戦争を、「実感」をもって理解できる…そんな世の中になっていくのだろうか。

 

3.校内事情で、4校時は急遽代講。初めてのクラスでいきなり授業するのはハードルが高い。プリント演習でまだよかった。

 

4.「政治・経済」では、生徒から「先生っていきなり『ミニ劇場』始めるよね」と言われる。

 

5.放課後、受験勉強に不安を訴える生徒。時間が解決するのか、それともこれからがこそ大変なのか…

 

6.就職の生徒の提出書類チェック。誰でも的確にチェックできるシステムづくりが必要。

リハビリはいつまで

夏休みが明けて10日経つが、未だに調子が戻らない。

いや、調子が戻らないというよりは持ち崩している。

 

3年生の担任だから、就職の生徒の調査書やら何やらの書類がひたすら多い。

管理しきれていない。

 

今日はひたすらイライラしてしまった。

そういう日は、ひたすら板書してしまう。

チョーク一本で解説だけしていくと、生徒は疲れてくる。

そこで始まる私語・居眠り。

2時間目には、注意の言葉を冷たく言い放ってしまった。

普段の注意の仕方とは全く違ったからか、生徒もびっくりしたようだ。

 

いくら寝ても治らないこのイライラは、ちょっとまずいかもしれない。

 

夏休みが明けて その2

昨年もこの題で記事を書いたようだ。メールで「昨年の記事を振り返りましょう」と送られてくるが、この機能はいい。

過去の自分が何を考えていたかなんて、なかなか振り返ることがないから。

 

夏休み明けから、「授業細案」を作成している。

授業の説明や発問を、実際に話す言葉で書いたものだ。

私の師匠が、「指導案まで作れなくても、細案を作れば授業としてぐっと整理される」と言っていた。

細案をつくることは、「何を伝えたいか」を事前に整理することにつながる。

それに合わせて、どこまで説明するか、どんな資料を提示するかを考えることにもつながる。

倫理では特に、一人一人の思想家についてのすべてを授業で説明することなど到底かなわない。

思想家の業績の中で、何を伝えていくか、何を取り上げるかが整理されるだけで、生徒にとっては理解しやすくなるようだ。

 

もう一つ、講義型授業が面白くないと思い始めた。

というより、生徒に考えさせる場面がない授業なのだ。

特に政治・経済。というか、国際経済。

自分に知識がないのか、それとも…

 

倫理の方が好きなんだろうな、と思うこの頃。

『入門 公共政策学』

 

 

「あぁ、自分のための本だ…」という経験は久しぶり。

授業にも修論にも、まさしくこの本がぴったりだったのだ。

教えたいことは教えない

1.今日のNIEの授業。

前半は朝日新聞の「KYサンゴ」。まず記事そのものを読ませ、記事の伝えたいことと読んだ感想を書かせる。そのあと、「お詫び記事」を配布する。「あんなに真剣に読んだのに!」と生徒から笑いが出る。なぜ捏造が発生してしまうのか、その理由を考えてもらう。

・記事にすることがなくて焦ったんだと思う

・最初から結論が決まってたんだと思う

など、いろんな意見が出る。

後半は中日新聞の以下の記事の写真を取り上げ、「写真の情景を文章で説明する」「何を伝えたい写真か」「写真にタイトルをつけよう」の3つの課題を提示。

www.chunichi.co.jp

ある生徒が「沖縄県民の怒り」というタイトルをつけ、「おぉ〜」「うまい!」と周りの生徒が言う。

そこに、「でも、沖縄県民が『全員』『みんな』怒っているんだろうか?」と問いかける。一瞬の静寂。生徒の思考が動いたのを感じる。

常に「本当にそうなんだろうか?」と思うことの大切さを説明。

「教えたいことは教えない」(藤岡信勝)。生徒が自分自身の力で掴み取れるように発問するのが大事なのだ。

 

2.今日の倫理は「最澄空海」。しかし、何を伝えたいかが自分の中で整理されておらず、失敗。

「教師がわかっていないと、生徒が混乱します」と我が師匠が言っていたが、今日もそれを痛感する。

日本思想を生徒に興味・関心がある形で提示できる授業とは。

やっぱり教育内容研究だな。